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『山と道JOURNALS』を本格始動するにあたって、JOURNALSの編集を務める三田正明が、2011年に山と道の夏目夫妻に行いながら、これまでお蔵入りになっていた山と道にとって初めてとなるロングインタビューの模様をお届けします。

このインタビューは、当時創業から1年たらずで、まだすべての業務を夫婦で自宅で行う「コテージインダストリー」であった山と道の姿を記録したものであり、また『山と道JOURNALSの始まり』の所信挨拶でも触れたように、夏目夫妻と三田との出会いの場でもありました。

2011年のインタビューであり、すでに当時と現在ではシーンの現状も、山と道を取り巻く環境にも、大きな変化があります。ですが、山と道がどのような経緯で始まり、そこにどのような思いがあったのか? それから6年の月日が経った現在、何が達成され、何が未だ道半ばなのか? その原点を記録するものとして、この『山と道JOURNALS』始動のタイミングでの掲載が最適と判断しました。

久々に読み返してみて、ここで語られていた山と道の理想や目標が、今でもまったく変化がなく、そして確実に現実になっていたり、なりつつあることに、改めて驚きを禁じえません。ものづくりの仕事に限らず、これから独立を考えている方、新しく何かを始めようとしている方々に、このインタビューが何らかのヒントになれば幸いです。

取材/文/写真:三田正明

山との遭遇

ーー夏目さんは山と道を始められる以前、『ガスブック』というアートやデザインを様々な形で紹介する会社にいらしたわけなんですが、そこからULハイキングのガレージメーカーを始めるというのは、結構大胆な人生の変化だとおもいます。今日は、なぜ夏目さんたちがその決断に至ったのか、その経緯からお聞きしたいのですが。

夏目 それにはいくつかポイントがあるんですけれど、ひとつはまず、山が好きだった。できるだけ山に触れていたいし、山を歩きたかった。その当時、僕は会社員だったんですけれど、それだと時間は拘束されるし、自由には山に行けない。だから、できる限り仕事を山に近づけていって、自由に山に行けるような生活をしたかった。あと、自分はそれまで『ガスブック』で世界中のアートやデザインに触れる仕事をしてきたんですが、山にはまればはまるほど、山で使う道具の美しさやわかりやすさ……「使えるか使えないか」しかない、シンプルな世界に魅かれていったんですね。山の道具って、「自分がなぜこの道具を使うのか」ということを突きつけられている気がするんですよ。

ーーそうですね。いい道具って、メッセージを発してますよね。

夏目 「おまえは軽さを求めるのか、それとも丈夫さや利便性を求めるのか」とかね。そうすると、街で今まで触れていたデザインが、ひどく凡庸なものに思えてきたんです。表層的というか、何がいいか悪いのかということが、誰にでも説明できる一言でいえないというか。でも山の道具には、それが一言でいえるような潔さがある。そこにすごく魅かれたんです。

ーーそれは、たとえば夏目さんがガスブックで扱っていたようなアートやデザインの作品を見るのと同じような感覚で魅かれていったということですか?

夏目 そうです。あと、僕は音楽もすごく好きなんですけれど、山では音は聞こえてこないじゃないですか。でも、稜線でまったく何も見えないグレーの世界にいるときに、グワッと風が吹いて、いきなりものすごい青空とものすごい景色が広がる瞬間とかに、頭のなかでクラシックが爆音で鳴っているような感覚があるんですね。あと、子供のときに映画やアニメで見ていたような世界が……まさに宮崎駿的な世界が(山の上には)現実にあって、そこを自分が歩いている、冒険しているということの真実であるとか楽しさ、そういったこと全部ひっくるめて、本当にはまりました。

ーーそれはいつぐらいのことですか?

夏目 ちょうど雑誌の『スペクテイター』が、あの山特集号を出した前後ですよね。だから5~6年前?

ーーあの特集は2006年ですね。僕も山にはまっていったのは、まさに同じ時期です。僕もその号の制作に携わっていたんですが、あの時期は編集部周辺の人間がみんな山に登り始めて、一時期は編集部に顔出すとお互いが新しく買った山道具自慢ばかりしてるときがありました(笑)。山に登り始めた直接的なきっかけは何かあったんですか?

夏目 その前は海が好きで、ダイビングしに沖縄にはよく行っていたんですけれど、あるとき石垣島でカヤックツアーに参加して、無人のビーチでキャンプしたんですね。それがすごく良くて、「今度はこれを山でやってみたいな」と思ったんです。

由美子 単純にテントで寝たりするのが面白かったよね。

夏目 その前から山はずっと気になっていたんですけれど、それをきっかけにして、「やっぱり行かなくてはならない」と思ったんです。それで、最初は尾瀬に行ったんですけれど、「日本にもこんなに美しい場所があるのか!」って、本当にびっくりして。

ーー僕も山に登るようになって、日本が好きになりました。それまでは外国に行くと、いかに日本の国が変わっているか、奇妙なのか現地の人に熱弁をふるうみたいな感じだったんですけど、山に登るようになってから、「でも、日本の自然はすごく美しい」ということがよくわかって、やっと外国の人にも日本のよいところを語れるようになりました(笑)。

夏目 (指をパチンと鳴らしながら)そう、そこなんですよ! それが二番目で、僕も日本の自然に触れるようになってから、改めて日本の魅力を感じたんです。でも、その当時日本の魅力を海外にプレゼンテーションするなら、アニメやゲームか、あとはちょっとしたカルチャーしかないという感じで。

ーー僕も山に登るようになって、日本のこと知っているような気になっていたけれど、ぜんぜん知らなかったなって思わされました。それまでは「雄大な自然やすごい景色を見たかったら外国へ行かなくちゃならない」みたいな、変な先入観があったんですけど、それはただの思い込みだということがよくわかった。外国の山にもそれぞれの素晴らしさがあるし、日本の山にも日本にしかない独特の素晴らしさがある。

夏目 日本の自然って、充分お国自慢してもいいんじゃないかと思うんですよ。海外と比べてどっちが上か下かとかはないけど「オラが国の自然は素晴らしいぞ!」と。

ーー「愛国心」というのは僕はピンとこないんですけれど、「郷土愛」みたいなものはすごく感じるようになりましたね。日本という国の行政や社会システムにはいまだに違和感を感じる部分もあるけど、「日本の風土は大好き」って、素直に言えるようになりました。

夏目 そうですよね。だから、できるだけその良さを伝えていけるような仕事をしたいと思ったんです。で、田部重治の『山と渓谷』であるとか、戦前に書かれた山の本を読んでいると、いまみたいにアルパイン一辺倒じゃなくて、「山って面白い!」ということを発見している人たちの躍動感に溢れているんですね。べつに頂上を踏むことだけを目指しているわけじゃなく、渓谷や樹林帯も含めたいろんな山の面白さが等価値に描かれていて、僕はそれが山を自由に楽しむってことなんじゃないかと思うんですよ。それがいまは「縦走が偉い」とか「ピーク目指して」みたいな感じばかりが注目されている気がして、ちょっと違う気がするんですよ。

ーーメディアでの語られ方が追いついてない気がしますね。

夏目 たとえば山でキャンプするにしても、たくさん荷物持ってきて、重くて泣いている女の子なんかもたまに見たりするけど、なにしに来るのか、何を求めて山に来るのかっていうことが、違うんですかね。山歩きそのものを楽しみに来ている人は少ないんじゃないかな?

由美子 違っててもいいじゃないかと思うけどな(笑)。

夏目 ぶっちゃけて言うと、たとえばULの道具や、うちの道具にしても、「壊れそうで心配だ」とかよく言われるんですけど、「壊れてもいいじゃん!」って思うんですよ。むしろ「壊れるくらいの方が魅力的だろ!」「壊れるかもしれないけれど、軽いことによって得られる自由を選択する」っていうか。作っている本人が「壊れてもいい」って、本当は言っちゃいけないことなのかもしれないですけど(笑)。でも、僕はそういう選択肢があってもいいんじゃないかと思うんですよ。さらに言えば、たとえばこの道具は失敗だったとするじゃないですか。でも、失敗を知ることって、すごくいいことだと思うんです。それって自分の限界を知るということでもあるし、自分を知るということでもあると思うんですね。山に限らず、何かを突き詰めることってぼくはすごく重要なことだと思うし、生活のなかでそれをやろうとするとすごく大変だけど、山だと日常生活よりそれが体験しやすいような気がするんです。(由美子さんに)どう思う?

由美子 話がよくわからなくなってきた(笑)。

夏目 あれ、そう? ゴメン(笑)。

ーー(笑)。たしかに、実生活においてもみんな家を買ったり車を買ったり、学校に入ったり会社に入ったり、「何かを選ぶ」ことは常にしている気がするんですけど、山ではそれがもっと短い期間……例えば2泊3日とか一週間とかいうスパンで自分の選択が正しかったか間違っていたかがわかる気はしますね。

夏目 そうそう! そうなんですよ!

ウルトラライト・ハイキングとの遭遇

ーーでは、もう少し翻ってお話を伺いたいんですが、山登りやバックパッキングのカルチャーのなかで、特にULハイキングに夏目さんたちが傾倒していったのは、どのへんがポイントだったんでしょうか?

夏目 それはもうわかりやすく、まず、歩くとき軽いほうが圧倒的にいいんですよ。あるとき、ヘビーウェイトな装備で4泊5日で北アルプスの雲ノ平に行ったんですけど、その時に小屋泊で軽装なおじいちゃんおばあちゃんに抜かれていったりして(笑)。荷物のせいで目の前の景色を100%楽しめない自分がいて、「もっと気持ちよく歩けるはずなのに」って思いが、ずっと頭の中にあったんですね。その頃はもうウルトラライト・ハイキング(UL)は知っていたんですけど、「なんであんなストイックなことするの?」ていう印象があって、楽しそうに思えなかった」

ーーたしかに、ULって端から見たらマゾっぽく見える部分もありますよね(笑)

夏目 でもその時、「荷物を軽くしたい!」と思って。で、とりあえずタープとアルコール・ストーブを買って、ブラックダイアモンドのRPMという日帰り用のバックパックにどうにか外付けして全部入れて、ベースウェイトを4キロくらいにおさえて、八ヶ岳に行ったわけですよ。そうすると、当たり前ですけどものすごく軽くて、ものすごく自由だったんですよ。気持ちが素晴らしい景色に対して自由に(没入して)行けるし、気持ちよければ走ることもできる。で、タープを張ったときに、まわりが覆われていないから当たり前ですけど景色が見える。だから、太陽が沈んだら自分も寝て、朝まだ真っ暗なうちに起きだして、ガサゴソ荷物を畳んで出発してっていう、その間自然との一体感が途切れることなく続いているんですね。

ーー「ずーっと外にいる」感覚ですよね。

夏目 荷物の重さによる疎外感もなくて、自然との一体感、対話感が途切れることなく続いている。すべてがシンプルで、すごく楽しかったんですよ。「山歩きにとって、軽いことはこんなにアドバンテージなのか」と。それからはもう、重い装備には帰れないですね。「なんであんなに装備をたくさん持っていってたんだろう」って、恥ずかしさを感じるくらいで(笑)。

ーーたしかに装備の重さは、煩悩の重さみたいに感じるときがありますね。自分の不安とか欲望がつまってあの重さになっている。

夏目 それを一回断ち切った方がいいんですよ。でも実生活でそれをするのはなかなか大変なんで、山で一回断ち切ってみる。シンプルな暮らしというものを山で体験してみると、自信にも繋がると思うし。

ーーそうした経験がハイキングのスタイルだけでなく、夏目さんご夫婦のライフスタイルにも影響を及ぼした部分はありますか?

夏目 ありますね。まだそれを完全に実践できているわけではないし、頭でっかちな部分もあるけれど、やっぱりシンプルさってのはすごく大事だなと思うようになりましたね。何よりも小さいザック一個で、「あ、これだけで暮らしていけるんだな」って思うようになったというか。「小さなザックひとつで暮らしていける自信」って、僕はかけがえのない大きさだと思う。「こうじゃないといけない」って思いこんでいる人って、すごく多い気がするんですよ。それは山であろうと生活であろうと。大きい家じゃないといけないとか、いい車乗らなきゃとか、いい服着なきゃとか。でも、「そんなの誰が決めたんだ? それが本当に楽しいの?」って。

由美子 影響といえば、ある意味ここ(鎌倉)に引っ越したってのもそうかもしれないし、会社を辞めたってのもそうかもしれないですよね。それまではサラリーマンでお給料をもらってたわけですし。それに独立しても、たぶんデザインの仕事とかやってたよね?

夏目 まあ、何らかシンプルにするということはあったかもしれないですけど、ここまで自信満々に(笑)……シンプルにするというところまでは、行かなかったかも。

由美子 まさか、ここまではねぇ(笑)。

夏目 「シンプルで軽い方がいいよ!」って、ここまで確信を持って言えなかったと思います。もちろん、「軽い」って装備だけのことじゃないですよ。生活とかものの考え方とか全般で。でも、軽量化って何もかも軽くするということじゃなく、僕は選びとる行為だと思うんですよ。

ーー選びとる?

夏目 大事なことを選びとる。だから僕は借金もあるし、背負うものは背負ってます。でも、ハイキングの装備も「なぜそれを背負うのか」「それが自分に背負える重さなのかどうか」を考えることって、すごく大事なことじゃないですか? そしてハイキングで重要なのはその過程を楽しむことであり、ゴールじゃない。僕は、「みんなそこに一回戻ったほうがいいよ」って思うんですよ。

ーーそれが「BACK TO HIKE」(山と道初期に掲げられていたスローガン。現在もバックパックの郵送用袋に描かれている)であると。

夏目 そうです。

レイ・ウェイのバックパックでJMTを歩く

ーーそれまで夏目さんは『ガスブック』にいらして、まったく畑違いの世界に飛び込んだわけなんですけど、それまで針仕事とか、MYOG(=Make Your Own Gear。ギアの自作のこと)の経験はあったんですか?

夏目 僕はないですけど由美子は…

由美子 私は仕事でやってました。

ーーああ、そうなんですね! 

由美子 会社にも6年間ほど勤めていたんですけれど、それからはフリーでイベントやコンサート用の衣装を縫う仕事をしていました。でも山の道具を作ったのは、ふたりでジョン・ミューア・トレイル(JMT)に行く前に夏目がレイ=ウェイをネットで見つけて、「せっかくアメリカに行くんだし、こういうの持って行きたいね」って、バックパックとタープのキット(*)を取り寄せて作ったのが最初です。

ーーJMTに行かれたのはガスブックをやめられたタイミングですか?

夏目 ちょっと前ですね。

ーーじゃあ、JMTは山と道を始めるために行かれたわけじゃないんですね。

由美子 彼はその3年前くらいから色々調べてはいたみたいですけれど。

夏目 決断には至ってなかっただけで、独立はずっと考えていました。やっぱり日本の自然の良さを伝えられるような仕事に携わりたいとは考えていましたし、また調べれば調べるほど、海外のアウトドア・メーカーもみんなガレージメーカーから始めていることを知ってきて、 「みんなガレージメーカーから始まっているんなら、僕たちにもできるかも」みたいな気分もありましたけど。 

由美子 そんな!? そんな軽いノリだったの(笑)?

ーー(笑)。JMT歩いたときはどうでした?

由美子 あそこはちょっと違うっていうか、特別ですよね。なんか変なかんじなんですよ。人にも会わないし。朝早く起きて、何時に出てって生活リズムもできてくるし。山のなかにはいるんだけど、ちょっと違う。

夏目 日本の山と違うってこと?

由美子 ぜんぜん違う。疲れたら「じゃあ今日ここで寝ちゃおうか」ってかんじだし。

ーー違うっていうのは、「自由」ってことなんですかね?

夏目 どこで寝てもいいってのは、すごく自由ですよね。

由美子 環境的にはすごく厳しく管理されているんだけど、来ている人の意識も違う気がする。

ーー日本のメジャーな山域だと、どこかお客さん気分が抜けない気もしますね。「その場を自分たちが守る」という意識も希薄な気がします。JMTでレイ・ウェイのバックパックを作って使ってみて、率直にどんな感想をお持ちになりましたか?

由美子 あれは使わないと良さはわからないですよね。だってカッコ悪いもん(笑)。

ーー(笑)。由美子さんならキットを作るのは簡単でしたか?

由美子 意外と面倒くさかった(笑)。マニュアルも型紙とか図解じゃなく、言葉でダーッと説明しているだけじゃないですか。まずその英語を訳すのも大変だし。でも、素人でもあそこまで作らせてしまうのはすごいと思う。細かい部分の設計も、意外と気が利いているんですよ。

夏目 生地も普通の70デニールのナイロンだしね。「あ、これでいいんだ」って思わせてくれた。DIYのカルチャーなんだとすごく感じたんです。「じゃあ、DIYが基礎にあるカルチャーなんだったら、僕にも何かできるかもしれない」と思った。それでJMTに行って、僕が好きだったULの道具たちがアメリカのトレイルに合わせて作られたものなんだっていうのが、すごく実感できたんです。「この場所からこの道具たちが生まれてきたんだな」ということが。

ーーJMTで使うULの道具は、やっぱり快適だったわけですか?

夏目 快適だったし、腑に落ちたんですよ。もちろん「ここはもっとこうならいいのに」という部分もあるんですけど、すごく腑に落ちた。

ーー日本で使っていたらよくわからなかったけれど、アメリカのトレイルで使ったら「なるほど」という部分がたくさんあったわけですね。

夏目 たくさんありました。でも、日本のトレイルとアメリカのトレイルって違うわけですよ。「じゃあ日本のトレイルに合わせたULのザックって何だろう?」と考えた時に、どこにもなかったんですね。そのとき自分たちのやるべきことやできることが、明確にそこにあるんじゃないかなと思ったし、山と道を始める意義があるんじゃないかと思ったんです。

ONEのできるまで

ーーJMTから帰ってきて、最初にオリジナルのバックパックを作る段階で、「これは商品化のための試作なんだ」と思って作っていたんですか?

夏目 それはもちろん…

由美子 そうだったよね。

ーー最初から確信があったというか……

夏目 アウトドアの世界って、すごく公平だと思うんですよ。「いい道具はいい」という。でも、アートやデザインって、そこらへんすごく微妙じゃないですか。だからいい道具が作れれば、きっと人は振り向いてくれるはずだと。

ーー「自分には作れるはずだ」と?

夏目 もちろん、それはないとやっていけないですよね。

ーー由美子さんは端から見ててどうでしたか?

由美子 すごく自信満々でしたね(笑)。私は他に仕事もしてましたし、「まさかこんなものだけで食べていくなんて本当に言ってるの?」って思ってましたけど(笑)。

ーー「自分の理想のバックパックを作りたい」とか「アウトドアメーカーをやってみたい」って、いま山を歩いている男の子たちなら普通に妄想することのひとつだと思うんですけど、夏目さんがそれを実現化するにあたって やっぱり由美子さんの存在は大きかったですか?

夏目 むちゃくちゃでかいですね。

ーーそれを実現するためにまずミシンを習得しなくてはならないというのと、最も身近にプロでやっている人がいるというのでは、大きな違いですよね。おふたりの関係があったからこそ山と道が始まったというか。バックパックの試作は、具体的にはどういう作業から始めました?

夏目 それはまあアイデアをもとに試作を作って、それを元にまた改良を重ねてっていう繰り返しでしたけど。

ーー試作ひとつ作るのに時間はどのくらいかかったんですか?

由美子 本気出せば縫うのは一日でできますけど、最初のひとつを作るときはちょっと時間がかかりましたね。やりたくなかったんで(笑)。

夏目 でもパターン(型紙)を引いたらもっと時間はかかるよね。なんだかんだ一週間くらいかかったかも。

ーー(最初の試作品を見ながら)すでに最初の試作の段階からザック前面の二段組みポケットがあったり、山と道のバックパックの基本型はできていますね。

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